こんにちは!HOWBEの谷川です。
2026年10月17日、品川区立総合区民会館「きゅりあん」(大井町)で開催された「東京喜界会 創立100周年記念総会・式典・芸能祭」に、HOWBEとして出店してきました。前の週にJR東京駅で開催された離島物産イベント「島のめぐみ」に続いて、2週連続の東京出店です。
今日のブログでは、100年続く郷友会の記念式典の様子と、東京で感じた「喜界島」の空気、そして喜界島という島の魅力をお伝えします。奄美や離島に興味がある方、喜界島を旅してみたい方にも読んでいただけたら嬉しいです。
東京喜界会とは?大正15年から続く郷友会
東京喜界会は、首都圏で暮らす喜界島出身者とその家族による「郷友会(ごうゆうかい)」です。始まりは大正15年(1926年)の春。銀座の対鶴館ビルで「喜界郷友会」として結成されました。
奄美群島では、島や集落ごとに出身者が都市部で郷友会をつくり、ふるさとのつながりを守ってきた文化があります。東京喜界会の中にも、荒木・湾・小野津・志戸桶・早町・上嘉鉄など、島の集落ごとの会があります。
戦争、戦後の米軍統治、昭和28年の本土復帰。激動の100年のあいだ、故郷を離れた先輩たちが、島のことばやシマ唄、八月踊りを東京で守り続けてきました。今年はちょうど、喜界町誕生(町村合併)70周年とも重なる節目の年です。
300人以上が集まった100周年記念式典
当日の会場には、300人を超える方が集まりました。司会を務めたのは、祖母が喜界島出身というテレビ朝日の武隈光希アナウンサー。
来賓として塩田康一鹿児島県知事、隈崎悦男喜界町長、喜界町議会の米田信也議長も駆けつけ、関西喜界町郷友会や東京奄美会など、各地の郷友会の皆さんからもお祝いが寄せられました。
記念講演では、喜界島サンゴ礁科学研究所の渡邊剛理事長が登壇。島の成り立ちを科学の目で知る、喜界島らしい時間になりました。100年の歴史を、会場全体で祝う式典でした。
芸能祭:東京に響いたシマ唄と「島ゆみた」
午後の芸能祭では、舞台に次々と奄美・喜界島の芸能が登場しました。東京にいながら、そこには確かに「喜界島」がありました。
- 喜界島出身の唄者・川畑さおりさんや、牧岡奈美さんによる奄美民謡(シマ唄)
- 喜界島を拠点に活動するシンガーソングライター・土岐宏大さんのステージ
- 喜界町「チームゆみたもり」による、島のことば「しまゆみた」で演じる狂言
- 東京志佐会女性部や東京小野津会・茜会による踊り
- 次世代を担う子どもたち「東京喜界やんちゃ連」の元気な踊り
「しまゆみた」は、集落ごとに少しずつ違う喜界島のことばです。消滅の危機にある言語として、いま島では継承の取り組みが進んでいます。そのことばが東京の舞台で笑いを生んでいる光景に、100年続いてきた理由を見た気がしました。
締めくくりは、出席者全員での六調と万歳三唱。世代を超えて会場がひとつになりました。
HOWBEの出店:喜界島生まれの新しい特産品を東京へ
HOWBEもブースを出させていただき、C9スパイスシリーズや燻製ミックスナッツを、たくさんの方に手に取っていただきました。
喜界島は、ゴマの生産量日本一の島。サトウキビから作る黒糖、在来の柑橘「シークー」など、小さな島に豊かな素材があります。HOWBEは、そんな島の素材を使って、新しい喜界島の特産品をつくっています。
東京で暮らす喜界島ゆかりの皆さまに、島で生まれた新しい商品を直接届けられたこと。ふるさとの「今」に触れてもらえたことが、本当に嬉しかったです。
離れていても、心は島とつながっている
離れていても郷土を想っている方が、こんなにもいる。東京喜界会の100周年は、そのことを肌で感じる一日でした。改めて、島から頑張ろうという気持ちになれました。
実行委員の皆さま、会員の皆さま、本当にお疲れさまでした。そして創立100周年、誠におめでとうございます。
喜界島の素材から生まれたHOWBEの商品は、オンラインショップでもお買い求めいただけます。喜界島への旅やエコツアーに興味のある方も、ぜひお気軽にお問い合わせください。島でお待ちしています!